愛子(文庫本)

 

                                  カメ太郎

 

 君は冬の花びらのなかを、一生懸命に走っていた。それ以来僕は君の姿を見ていない。僕は君から手渡された美しい文庫本を手にしたまま、雪の中でぼんやりと君の後ろ姿を見送っていた。

 君は雪の中に走って行った。白く煙っている雪の中に、僕に文庫本を手渡して、走っていった。そしてそれ以来、僕は君を見ていない。

 君の背中は寂しげだった。バス停へと走る君の背中は雪に曇ってとても寂しげだった。たくさん商業の生徒が乗っていて、君は急いで走っていっていた。僕にポツンッと小さな文庫本を手渡して。

 

 

       (完)

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